アッシュは目の前の少年を、面白く眺め見た。
 この風変わりな子供は、自分は異世界から来たのだという――嘘か真かと問われれば、冗談じ
ゃねぇの、とアッシュは答えるだろう。そんなことがあるわけない。
 あるわけない――が、コトブキの話を聞くかぎり、六割程度は信じてもいい気になっている。
 信じてやる、と言ったのは、コトブキが語る彼の『世界』は、この世界のどこを探してもない
うえに、妙に具体的で信憑性があったからだ。嘘のような話だが、コトブキの『世界』を否定で
きる根拠も、またない。
 見たことのない顔、見たことのない肌の色、聞いたこともない言葉で夢のような話をする少年。
(――面白ぇ)
 もしかしたら、アッシュの人生のなかで一等愉快な出会いになるかもしれなかった。
 それに、コトブキの考えが気に入った。
『みんな同じ』
 てらいもなく言ってのけた。
 ごく普通のことのように。
 それを本心から言える人間が、この世界に果たしてどれだけいるだろうか。
 実のところ、血の尊卑を否定しようとしている同朋たちのなかでさえ、自分の生まれに引け目
を感じていないと豪語できる者は極僅かだろう。いや、いるのかどうか。
 ――それは、本人の責任ではない。
 セサルはそう言う。アッシュが思うにまだまだ甘いが、とにかく世界の枠組みがそう出来上が
ってしまっているが故だといった。奴隷は奴隷でしかなく、『人間』という生き物であるはずな
のに、その価値を認められない。奴隷は人間ではないのだ。この世に生れ落ちた瞬間から、自分
たちはその枠に縛られている。がちがちに固まってしまって、もうどうしようもない。
 そのなかで、コトブキはあっさりと『同じ』だと言ってのけた。

 それは、この世界の在り様の否定だ。

 拒絶と断罪。
 本人が無意識にしろ――。
「おい、コトブキ。てめぇも俺に訊きたいことがあるんじゃねぇの?」
 だからアッシュは、決めた。
「たとえば、俺らが『何』をしているのか……」
 ――この子供ならなにか新しい、とんでもない流れを運んでくるのではないか。
 どっちに転んでも、面白いことになるに違いない。
(上等じゃねぇか)
 こちらを真剣に見上げてくる顔は、異国風ではあるが平凡には変わりない。そのまるい焦げ茶
の瞳に、アッシュは口の端を引き上げた。
「答えてやるよ」


 誰かは後にこれを、運命などと呼ぶのかもしれない。


俺がてめぇを巻き込んでやる
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