◇ ◇ ◇ 土がやわらかい。 きっと、先日の雨のせいだろう。おかげで作業が楽で助かる。 「――…」 ちら、と肩越しに青いターバンをこれ見よがしに巻いた役人の姿を確認すると、セサルはさり 気なく場所を移動した。 低い声がかかる。 「セサル」 小麦色の肌をした青年は、濃い蜜色に光る琥珀色の瞳を眇めてセサルに視線を寄越した。もち ろん、作業は続けたままだ。 「アッシュ、おはようございます」 「おう」 短い返答は役人を憚るためにぼそぼそとこもったものだったが、不思議と覇気に満ちている。 セサルは微笑を返した。 「んで、首尾はどうなってる」 「はい、万事滞りなく」 その返事に、彼は口元を引き上げた。 いつもならこれで離れる二人だが、今日はふとアッシュが首を傾げた。 「……毛色の変わったガキが入ってきたみてぇだったが?」 「ああ、はい」 頷いてから、セサルが苦笑した。アッシュの頬に揶揄が浮かぶ。 「なんだ、もう死んだか」 セサルは呆れたように息を吐いた。 「いいえ、まだですよ。どうやらサーシャが面倒をみてまわっているようで」 「サーシャ……あのガキか?」 「ええ」 意外そうに琥珀色の目が丸くなった。ついで、意味ありげに細くなる。 「へぇ……」 「……なにか、気になることでも?」 途端にセサルは眉を寄せる。 「……お前、新入りのこと見たんだろう?」 「ええ。ですが、警戒することもないと思います。確かに、奴隷にしても農民や町民にしても、 いささか線が細すぎるようですし、労働に馴れていないようでしたが……いいところの出だとい うだけでしょう。そんな奴隷はいくらでもいます」 「いいところの出、ねぇ……」 「ええ……」 「しかし、貴族にしちゃ、奴隷への嫌悪が薄すぎる気がしねぇか?」 「……最近では、急進派の貴族も随分いますよ」 く、とアッシュの喉が嘲笑に鳴った。 「笑わせるなよ、セサル。てめぇだって分かってるはずだ。いくら意識でそう望んでも、生まれ もった価値観はそうそう変わらねぇ」 「……失言でした」 セサルも思わず苦笑した。それから、僅かに呼吸を整える。話しながらの肉体労働は、案外か なりの疲労を伴うものだ。 「……では、彼に監視をつけますか?」 セサルより遥かに逞しい体つきをした年下の青年は、暫しの間黙考した。土くれを掘り起こす 音ばかりが響く。 「――ファビオは動けるか」 「はい、彼はいまのところ私の護衛についているだけですから」 「護衛?」 「やることがないと言うので。いまは頭をつかう段階ですので、奴に用はありません」 アッシュが薄っすらと苦笑する。 「ファビオが泣くぞ」 「見たくありませんね。見苦しい」 「確かにな。……奴を新入りにつけろ」 「はい、警戒させればいいんですね」 「ああ。……だが、」 アッシュは一瞬だけ作業の手を止め、猛禽類を思わせる琥珀の瞳に獰猛な笑みを浮かべてみせ た。 「怪しい動きをしたら、殺していい」 「――、」 セサルは溜め息をつきつつ、頷いた。 「了解しましたが……また物騒なことを」 「うるせぇ。もう戻れ」 「はいはい」 セサルは再びアッシュから距離を置く。さり気なく、気取られないように。 「――では、今度は三日後」 ◇ ◇ ◇ |